にっぽん食糧供給プロジェクト

2010年8 月の記事一覧

2010/08
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十勝の価値ってなんだろう?

Posted on 2010 年 8 月 1 日 by takumi

ある日友達が言っていた。

「俺は東京に出たい。十勝には遊ぶところもやりたい仕事もない。」

そういったことを言う人は彼だけではない。

確かに十勝は都会ではない。

遊ぶ手段も限られているし、欲しい服も売っていないのかもしれない。

東京では成り立っても十勝では成り立たない仕事も確かにある。

都会には刺激が満ち溢れているが、十勝は顔見知りばかりで新鮮さに欠けるかもしれない。

じゃあ、彼は十勝がどうなれば納得するのだろうか?

なんでも買えるようになれば?

遊ぶのに困らない街になれば?

どんな仕事でもできるようになれば?

 
それは「ないものねだり」ではないだろうか?

東京の人はイタリアやフランスで買い物がしたくなる。

ラスベガスやマカオで遊びたくなる。

ビジネスで海外に進出したくなる。

そんなものじゃないだろうか?

 
ただ、僕は彼を批判しているわけじゃない。

僕も学生のころは都会で働きたいと思っていたし、実際そうした。

大きな企業に入って自分の実力をためしてみたかったし、高い給料も求めていた。

実際そうなったが、何か満たされないものがあった。

頑張れば頑張るほど評価されて、同期と差がついて、給料も上がった。

それを求めていたはずだったのに、何か違った。

そしてある日気付いた。

人と比べることでしか、自分で自分を評価できない限り、満たされないだろうと。

そして、会社を辞めて十勝に帰ってきた。

「あいつは馬鹿だ。」と先輩に言われた。

「自分の思い通りに生きられると思うな。」と部長に言われた。

「逃げた。」と言っていた同期もいた。

でも、僕は全く気にならなかった。

ちょっと寂しかったけど。

十勝で、人と比べることではない、自分が思い描くとおりの生き方をしたいと思っていたから。

今思うと、その場所でもそれができたかもしれないが、当時の僕には難しかった。

 
十勝に帰る理由があったわけじゃない。

明確なビジョンを持っていたわけじゃない。

そのときは、ただ故郷だから帰ってきただけだった。
 

今、その選択が間違いじゃなかったことを実感している。

給料はかなり落ちた。

遊びに出ることも少なくなった。

冒頭に出てきた彼は、不思議に思うだろう。

でも、今の方が幸せだって胸を張って言うことができる。

 
僕は今「おやじの背中を超える会」の事務局長を任せてもらっている。

その活動を通して、十勝の「価値」が少しずつわかりかけてきている。

都会にはない「価値」を少しずつ幸せだと感じることができるようになってきている。

都会は刺激的で、チャンスがあって、便利。

十勝にはあまりないかもしれない。

僕はこんな風に感じている。

刺激がないからこそ、日常を大切にしたいと思う。

チャンスが少ないからこそ、人を蹴落とそうと思わない。

便利ではないからこそ、普段のありがたみがわかる。

僕にとっての幸せは、刺激やチャンスやお金の中にはない。

日常に如何に感謝を感じられるかということだ。

自分のまわりにいる人を如何に大切にできるかということだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

 
十勝は日本の国を支えている。

いきなり言われると何のことだかわからないかもしれない。

でも、これは本当のこと。

十勝の農業が畑作4品を作る続けることで、日本の食を支えている。

自分が儲かることだけを考えれば、4品を作らず長いもなどの高収益作物を作ればいい。

でも、そうはしないで、日本の国を支える作物を作り続けている。

確かに補助金なしでは成り立たないのかもしれない。

ただ、そんな批判を受けながらも作り続けているのはなんでだろう?

儲けるためだけじゃない理由が、きっとそこにはあるはず。

僕が想う幸せや理想はその中にある。

そして、それがきっと十勝の価値なんだと思う。

 
幸せの感じ方は人それぞれ。

都会にしかないことに幸せを感じる人もいるだろう。

十勝で暮らすことに幸せを感じる僕みたいな人もいるだろう。

そこには、どっちが上でどっちが下だということはない。

都会だから良いわけじゃなくて十勝だから良いわけじゃない。

僕は、彼にそれを伝えたいと思っている。