にっぽん食糧供給プロジェクト

2010年9 月の記事一覧

2010/09
24

小さい白いにわとりのお話

Posted on 2010 年 9 月 24 日 by takumi

小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。

「この麦、誰が撒きますか?」

ぶたは「いやだ。」と言いました。

ねこも「いやだ。」と言いました。

犬も「いやだ。」と言いました。

小さい白いにわとりは、ひとりで麦を撒きました。



小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。

「この麦、誰が刈りますか?」

ぶたは「いやだ。」と言いました。

ねこも「いやだ。」と言いました。

犬も「いやだ。」と言いました。

小さい白いにわとりは、ひとりで麦を刈りました。



小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。

「誰が粉をひきますか?」

ぶたは「いやだ。」と言いました。

ねこも「いやだ。」と言いました。

犬も「いやだ。」と言いました。

小さい白いにわとりは、ひとりで粉をひきました。



小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。

「誰がパンを焼きますか?」

ぶたは「いやだ。」と言いました。

ねこも「いやだ。」と言いました。

犬も「いやだ。」と言いました。

小さい白いにわとりは、ひとりでパンを焼きました。



小さい白いにわとりが、みんなにむかって言いました。

「このパン、誰が食べますか?」

ぶたは「食べる。」と言いました。

ねこも「食べる。」と言いました。

犬も「食べる。」と言いました。



これは、ウクライナに伝わる民話です。

日本の国語の教科書に載っていたこともあるそうです。

普通に読むとアリとキリギリスと同じように、真面目にコツコツ働く人とおいしいところだけ持っていく人の話として読む人が多いのではないでしょうか?

皆さんはこのお話をどのように読みますか?

自分を誰に当てはめますか?



さて、これを現代風にアレンジしてみるとどうなるでしょうか?



小さい白いにわとりが、みんなに向かって言いました。

「今年も麦ができたので、50円でどうですか?」

麦はみんなの主食です。

ずっと昔は、みんなで作っていたのですが、

お金やクルマなど便利なものが登場し、

誰もが町へ出て別の仕事をするようになったのです。

ぶたは「高い。」と言いました。

「隣の国の細くて茶色いにわとりの作る麦は、もっと安いよ。」

ねこも「高い。」と言いました。

「もっと安くする努力をしてよ。」

犬も「高い。」と言いました。

「隣の国なら、30円だよ。」



みんなは結局、細くて茶色いにわとりの作った麦を買い、主食を安くあげました。

小さい白いにわとりは、首をかしげて考えました。

「何を作れば売れるのかしら。」

そこへ、学者のきつねがやってきて、「ブドウはどう?」と言いました。

「ブドウなら、100円で売れるよ!」

小さい白いにわとりは、みんなに向かって言いました。

「甘いブドウならどうですか?」

ぶたは「いいね。」と言いました。

ねこも「いいね。」と言いました。

犬も「いいね。」と言いました。

小さい白いにわとりはブドウを作ると決めました。



次の年。

ブドウがたわわに実ったので、小さい白いにわとりが、みんなに向かって言いました。

「ブドウができたので、100円でどうですか?」

ぶたは「いいね。」と言いました。

ねこも「いいね。」と言いました。

犬も「いいね。」と言いました。

小さい白いにわとりは、麦のときよりも多くのお金を手にしました。

この年も、みんなは隣の国のにわとりが作る安い麦を買いました。

一方、小さい白いにわとりは、畑の端っこで、自分たちが食べる分の麦だけは育てていました。



次の年のことでした。

隣の国のお金持ちのくじゃくがやってきて、小さい白いにわとりに言いました。

「このブドウ、120円で売ってくださいな。」

小さい白いにわとりは喜び、「もちろん。」と言いました。

そしてみんなに売った前の年よりも、多くのお金をもらいました。

そんなとき、隣の国の細くて茶色いにわとりがやってきて、みんなに向かって言いました。

「今年の麦は高いですよ。」

ぶたは「いくら?」と聞きました。

ねこも「いくら?」と聞きました。

犬も「いくら?」と聞きました。

細くて茶色いにわとりは、胸を張って言いました。

「80円です。」

麦は大事な主食です。

ぶたは「仕方ない。買う。」と言いました。

ねこも「仕方ない。買う。」と言いました。

犬も「仕方ない。買う。」と言いました。

そのとき、みんなは思い出しました。

小さい白いにわとりなら、確か50円で売っていたぞ。

あそこに頼もう。

みんなは小さい白いにわとりを訪ねて言いました。

「60円で麦を売ってくださいな。」

小さい白いにわとりは言いました。

「今は60円の麦なんて、安すぎて作れません。」

「だってブドウなら、120円で売れるんです。」



さらに次の年のことでした。

ふたたびくじゃくがやってきて小さい白いにわとりに言いました。

「あなたのブドウはとてもおいしいから、今年は150円で買いますよ。」

小さい白いにわとりはたいそう喜び、「もちろん。」と言いました。

そして前の年よりもたくさんお金をもらいました。

小さい白いにわとりは、麦を作っていた昔よりも多くのお金を手に入れて、二度と困ることはありませんでした。



けれども同じその年のこと。

隣の国の細くて茶色いにわとりがやってきて、みんなに向かって言いました。

「今年は天気が悪くてね。みなさんに売る麦がありません」

ぶたは「困る。」と言いました。

ねこも「困る。」と言いました。

犬も「困る。」と言いました。

「だけどないものはないんです。」

細くて茶色いにわとりは、一目散に逃げました。



主食が手に入らなくなって、困ったみんなは話し合い、小さい白いにわとりを訪ねて言いました。

「高くてもいいから麦を売ってください。」

さてさて。

小さい白いにわとりは、みんなになんと言ったでしょう?



これはオヤセナのコーディネーターである近江正隆の著書「だから僕は船をおりた」の一節です。

農業者ではない僕が読むと、恐ろしさすら感じる物語です。

多分僕は「ぶた」や「ねこ」や「犬」と同じ様に考え、同じ様に困るのでしょう。

そして何もしてこなかった自分に負い目を感じながらも、小さい白いにわとりにお願いに行くのでしょう。



では農業者が読むとどのように感じるのでしょうか?

「今まで誰も手伝ってくれなかった。」

「ブドウさえ作っていれば自分は幸せになれる。」

「売ってもいいけどブドウと同じ価格だな。」



そう感じる農業者しかいない国はどうなってしまうのだろう。

上海のデパートでは、日本産の高級トマトが1個千円で売っているらしいこの時代、環境が整備されれば皆高く売れる中国に行ってしまうのだろうか?

少なくともオヤセナのメンバーは違うと信じています。

もちろんブドウを作ることは大切なことです。

いくら皆のためだからと言っても、安く買われる麦ばかりを作っていて、なお安く買い叩かれるのであれば続くはずがありません。

では、どうすればいいのでしょうか?

答えは「ぶた」や「ねこ」や「犬」の考え方にあるのではないでしょうか。

日頃から小さい白いにわとりと信頼関係を築いていれば困らなかったはずです。

互いを理解し、小さい白いにわとりにだけ負担がかからないよう皆で助け合うこと。

つまり「支えあうこと」を大切にしていれば困ることはなかったのだと思います。

また、小さい白いにわとりにも期待したい。

命の源と言っても過言ではない「食」に関わっていることの意味を感じていることを。

お金だけでは表現できない「食の価値」を身をもって知っていることを。



そこには買う方が上だとか作る方が上だとかそんなものが必要なんでしょうか?

どちらが上かなんて、そのときどきでいくらでも変わるものです。

そんなものに左右されない価値が食にはあるはずだと僕は思っています。



世界の食糧事情は大きく変化しています。

食糧危機は本当に来るかもしれません。

それが現実のものとなれば、小さい白いにわとりの話は物語ではなくノンフィクションとなります。

それまでに僕らにできることはなんでしょう?

もちろん、全員で麦を育てることではありません。

それはすごく簡単なことです。

お互いに手をとりあうこと。

きっとそれだけなんだと思います。

作り手は「いくらになるかなぁ~」だけではなく、食べる人の美味しそうな顔を思い浮かべて畑に立つ。

食べ手は、「一生懸命作ってくれたんだ」に感謝し食事をする。

それだけなんだと思います。

それが、素敵な未来に繋がっているのだと思います。

これが普通になれば「食の問題」として取り上げられている多くのことが解決されるはずです。

問題の多くは、「皆のため」じゃなくて「誰かのお金のため」に起きていると思うから。

食という命の源に関わることだからこそ、お金よりも大切なものがある。

そう信じたい。

そう信じる方々と繋がっていきたい。

そんなことを考えながら、農業者ではない僕は、オヤセナの事務局を勤めています。

2010/09
18

生放送出演。なんだかしっくりこない…。

Posted on 2010 年 9 月 18 日 by takumi

クローズアップ北海道「政権交代から一年」というテーマの番組に出演してきました。

正直言って、僕は出演に反対でした。

政治と宗教と巨人・阪神の話には関わりたくないのです。

最後は感情論になってしまい、建設的な話になったことがないので。

それでも、ディレクターの方の誠心誠意の対応に心を動かされて出演することになりました。



色々勉強できました。

テレビの裏側を体感できたのは、今後にとっても非常に良い勉強ができたと思っています。

ただ、なんか違うんだよね。

色々勉強させてもらっておいて偉そうなことを言う気はありません。

テレビを批判するわけでもありません。

ただ、生放送中ずっと漠然とした違和感を感じていました。



多分それは何を話していても熱くなれなかったから。

今回の番組の趣旨は、札幌の放送局と狸小路商店街、帯広放送局を繋いで、政治家、商工業者、農業者に忌憚のない意見をぶつけ合って貰おうってことだったと思う。

でも、結局政治家の方や専門家はマクロ視点の話をしているし、商工業者・農業者は自分たちの話をしている。

それは当たり前。それぞれの仕事で考えなければいけないことは違うのだから。

ただ、だから噛み合わない。

そして一番違和感があったのは、全て補助金などお金の話や制度の話で終わってしまうこと。

もちろん政治家の方はそれを作るのが仕事だというのは百も承知。

でもなんか違うんじゃないだろうか?

戸別所得保証とか、地域振興のための一括交付金とか、まあ他にも色々あるけど、それを作るのが目的なんだろうか?

今回の番組でもそこについて話してくださいと僕らに振られた。

でも、僕は正直よくわからない。

決めたのは僕らじゃないし、そうやってくれと要望を出したわけじゃない。

そして、戸別所得保障が畑作に影響を及ぼすのは来年からだ。

大枠しか決まっていない中で実感があるわけがない。

わからない人に聞いても意見なんてあるわけがない。

なんか違わないか?



そして噛み合わない議論に不満を覚える。

そして出てくる言葉は「庶民のことをわかっていない」ということだったり、「もっと現場を見て欲しい」という不満。

それは、分かり合いたいという意思表示なのだとは思う。

でも結局、周りからは補助金が欲しいんでしょ?と思われてしまう。

そして、もっと自分たちが良くなるような政策をお願いしますってことに繋がってしまう。

でも、そんなことありえるわけがない。

政治は多分「最大多数の最大幸福」が原則。

誰かの話だけを聞いて、それに合わせて何かをするのは政治家の仕事ではない。



なんだかやたらとややこしい迷路に迷ってしまいましたが、「あるべき姿」ってなんだと思います?

誰かが番組の中で言っていたが、政治家の仕事は国民に夢を見せること。

そして、僕らがそれに向かって努力できる環境であり、努力したことが報われる仕組みを作ること。

僕らの仕事は、自分たちにメリットのある要望を出すことじゃなくて、「こうありたい」という理想に向かって努力すること。

補助金がつくならありがたく頂戴するべきだと思うが、それを貰うことが目的じゃない。

補助金は、理想に向かうための「補助」のひとつでしかないはずだ。

結局補助金頼みの事業って、なくなってしまえばそこで終了。

それが嫌だから貰えるように帳尻を合わせるなんてのはよくある話だ。

でも、それって目的がズレてませんか?

そして、なんというか・・・。

政治家は制度を作るのが仕事かもしれないが、僕たちが政治家の方に対して、もっと自分たちのことを知って制度を作って欲しいという要望を出すのはなんかしっくりこない。

結局は困ったときだけ政治家頼みみたくなってしまってはいないだろうか?

普段からコミュニケーションもとらず、発信もせずに政治に丸投げみたくなってはいないだろうか?

政治と生活が乖離していると言う人が少なくない今、それを何処にどうやって行動すればいいのかは僕にもわからないですが…。



ん~。人に刺されかねない危険思想に満ち溢れた文章になってきているので、この辺でやめよう。



政治の原則が「最大多数の最大幸福」であり、それを志す政治家が多いのであれば、僕らがすべきとこは「こうあるべきだ」という理想を共有する仲間を増やすことだよね。

国民の多くが同じ意見を持つのであれば、それは政治に反映されるはずだから。

皆で全員が幸せになる方法を考えれば、きっと議論も噛み合うようになるのでしょう。

そして、皆が幸せになれる国に向かって進んで行くのでしょう。



なんか批判めいた文章になってしまいましたが、何も知らない素人が、好き勝手なことをほざいているだけです。

もっと勉強すれば、捉え方も書くことも変わってくるのでしょう。

気分を害してしまった人がいたらごめんなさい。



最後になりましたが、お世話になった共演者の方々やスタッフの方々。

この度は、本当に得がたい経験をさせてもらったと感じています。

本当にありがとうございました。

2010/09
18

NHKの生放送に出演

Posted on by kaji

9月17日。

NHKの生放送に出演させていただく機会をいただきました。

テレビや新聞記事の取材を受けたことはありましたが、

「生放送」は初めてでした。

北海道のこれからを議論しあう番組でしたが

政治家や大学の先生方のお話を聞きながら

「おやじの背中を超える会」として、どんな発信ができるか?

「十勝で農業を営む生産者」として、どんな発信ができるか?

 

十勝の農業は畑作4品(小麦、ビート、大豆、馬齢署)を中心とした原料作物が主流になっている。

これらの原料作物は食料自給率に直結するものばかり。

「にっぽんの食料を守る」という使命感をもって作る農家の人々。

しかし、政権が変わったり、農水大臣がコロコロ変わったり・・・

そのたびに農業政策も変わったり・・・

振り回されているとは言いません。

でも、少し不安です。

 

私たち生産者は、日本のために原料作物を作ります。

価格は安いです。

その分、補助金もいただいています。

 

十勝の若い農業青年たちは熱い!!

後継者不足が全国的に叫ばれる中で

十勝では、農業の後継者がどんどん増えていくという現実。

農業の魅力を一番体感できる地域は十勝なのかもしれない。

 

こんな農業青年たちの熱い想いを

これからもどんどん発信してくこと。

そして、消費者の方たちとの交流から

「私たちの農業への誇り」という「気づき」をいただき、

さらに仕事に打ち込むことができる。

生産者と消費者。

「信頼関係の構築」。

これしかないんです。

信頼関係の構築だけが、今の日本を救う唯一の大切な方法だと感じています。

 

こんなことを放送の中で言いたかったのですが

たぶん10分の1も言えてません・・・

 

お互いに顔が見える関係は、人として「嘘」がつけなくなるものです。

そんな信頼関係が出来たら「にっぽん」はまたすばらしい国になると想います。

18-0-34-464
NHKの長野ディレクター、この度は誠にありがとうございました。

長野さんの熱意に心を打たれました。

またいつかお会いしていろいろとお話させていただければ幸いです。

また、関川先生。坂本社長。そして、スタッフの皆さま

今回は本当にありがとうございました。

2010/09
11

にっぽん食料供給プロジェクト

Posted on 2010 年 9 月 11 日 by kaji

おやせなが手がける「にっぽん食料供給プロジェクト」とは?

私たちは昨年一年間、東京、大阪、地元帯広など

いろいろなところで交流活動を行ってきた。

消費者の方たちと触れ合うことから

様々な「気づき」をいただくことができた。

そのうちのひとつに「私たちは消費者の方たちに支えられている」という

重要な気づきがあった。

十勝農業の主となる作物は、小麦、豆、いも、ビートなどの原料作物である。

これらの作物は、畑から工場に運ばれ

そこから製品となって流通するのが一般的である。

がゆえに、生産者と消費者が触れ合う瞬間というものは皆無に等しい。

始めて行った交流会「アースカフェ」では、この原料作物を中心とした

料理を振る舞い好評を得た。

中でも「まる麦のリゾット」は、だれもが注目し

その後もさまざまな飲食店の協力を得て、

「まる麦プロジェクト。」を展開することができた。

これにより、一番変わったのは私たち生産者。

こんなことがあった。

初めてのイベントのときのメンバーの挨拶。

「私は、畑作4品しか作っていませんが・・・」

みんながみんな、口々にそう言った・・・

つまり、まるで畑作4品しか作っていないことが悪いことのように・・・

がんばっていないことのように・・・

それ以外の変わった農産物を作っている人ががんばっている人であるかのように・・・

それが、イベントを何回も重ねていくうちに

メンバーの挨拶が変わってきた。

「私は、小麦を作っている生産者です!!」

自信に満ち溢れたその言葉には、頼もしさを感じずにはいられなかった。

消費者との交流によって得られたもの。

それは「私たちは支えられている」という事実。

だから、私たちもにっぽんの食料を支えていく義務がある。