にっぽん食糧供給プロジェクト

2011年12 月の記事一覧

2011/12
31

2011年を振り返る

Posted on 2011 年 12 月 31 日 by takumi

2011年は色々なことがあり過ぎて、語りつくせない年だった。

そして、自分の不甲斐なさを実感した年でもあった。

というよりも、何も出来なかった。


東日本大震災や原発事故。

何が正しいかわからない中で、判断もつかずに右往左往しているだけだった。

「心を寄せる」とか「祈る」とか言いながらも、結局は何ができたわけではなかった。

自分は何か出来るのではないだろうか?

その自問自答をしているうちに時間だけが過ぎた。

結局したことと言えば、些細な寄付や物資の支援。

他者が作った枠組みの中で、自分に負担がかからない範囲のことだけだった。


TPP

いろいろ調べて勉強した。

自分なりの答えやその根拠も得た。

でも、それだけだった。

「よく勉強しているね」「詳しいね」とか他者に評価される機会は増えた。

ただ、それだけだった。

僕は、誉められたくて勉強したわけじゃない。

不甲斐ないの一言だった。


そこから、僕の歯車は狂っていったんだと思う。

一言で言えば、「放棄した」一年だった。

考えること。表現すること。活動すること。

全てを「忙しい」という言葉で切り離し、逃げていたんだと思う。

それに慣れていたんだと思う。


「どうしようもない」「考えても無駄」「政府が決めることだから」

言い訳はいくらでも出てくる。

その全てに一定の説得力はあり、誰も僕を攻めることはしなかった。

でも、間違いなく放棄していた。

考えることや表現することを。

今考えると、それが僕のストレスになっていたんだと思う。


僕が考えても、僕が表現してもどうしようもないことは確かに多かった。

震災の被害が軽減されるわけではない。

原発事故が収束するわけではない。

TPPの枠組みが変わるわけではない。

政治が信頼できるようになるわけではない。

景気が良くなるわけではない。

誰もが納得する税制ができるわけではない。

あり得ないと思う報道や政治家や会社や組織がなくなるわけではない。

イライラするようなニュースが聞こえてこなくなるわけじゃない。


僕が何を考えたって、何を表現したって何一つ変わらないのかもしれない。

それどころか、「何熱くなってるの?」って変わり者扱いされるのが関の山な気もする。

ただ、そうやって流されるままに生きてきたことへの負い目が僕にはある。

安定と自由を自分に都合がいいように解釈し、

自分以外の誰かより楽をすることや優位に立ちたいと思ってきたことへの自責の念がある。

本質が何かを見ようともしないまま、20年以上の時間を過ごしてきたことへの後悔がある。

それをわかっていたはずなのに、僕は放棄していた。

そんな2011年だった。


ここ数日の年末休暇中に、様々なことを考えた。

誰にも邪魔されない深夜に思考を巡らせた。

泣きそうになることもあったし怒りが湧き出してくることもあった。

そして、馬鹿らしくなることもあった。

それでも、本当に有益な時間だったと思う。

自分自身の立ち位置や考え方を整理することができた。

混乱している自分を俯瞰することができた。

僕がこれから何をしていくべきなのかが見えた気がした。


たどり着いた答えは、2011年になる前に得た答えと変わっていなかった。

大切なのは、「互いを知り合うこと」「互いを理解し合うこと」「互いを支え合うこと」

そのために、繋がることが必要だと言うこと。

答えが一緒だったということは、僕は迷っていただけなんだろう。

何もできないという現実を前にして、それを認めることが出来なかっただけなんだろう。

一見無駄に思える遠回りなのかもしれないが、僕にとっては意義深いことだった。

何故そうあるべきなのかを、我が身をもって理解することができたから。


きっと、2012年もストレスの溜まる年になるだろう。

自分にはどうしようもないことが次々と起こるだろう。

いや。もっと言えば日本の歴史にも残る大転換期を迎えるのかもしれない。

それが、「終わりの始まり」なのか「はじまりの始まり」なのかはわからないけど。

そして、僕らはその時代を生きている。

ありがたいことに、考えることや表現することを知っている。

表現や活動するためのツールも整っている。

できる限りやってみようと思う。

まあ、何が出来るかはわからないけど。

そして、それが結果に結びつくことは、残念ながらイメージできないけれど。

それでも、2011年と同じストレスを溜めながら生きていくよりはずっとマシだろう。

そして、僕が今までやってきたことから知ったことがある。

一見無駄に思えることでも、理解してくれる人は必ずいるということ。

そして、その繋がりは少しずつ広がっていくということ。

その積み重ねが、僕の意味なんだろうと思う。


なんだか、とっても暗い感じになってしまいました。

皆さんへの年賀状変わりに自分なりの2011年を振り返ろうと思っていたのですが…。

まあ、いい年ばかりではないということです。

あと少しで2012年が始まります。

どんな年になるにせよ、来年は明るく振り返れますように。

皆さんも、後悔の無い良い年をお迎えください。

2011/12
14

Posted on 2011 年 12 月 14 日 by takumi

僕が魅力を感じる人に共通していること。

面白い人であること。

それが何であっても構わない。

ただ、一生懸命であること。

そして、その何かに信念を持って取り組んでいること。

その「信念」を「哲学」と置き換えても「理念」と置き換えてもいい。

内なる想いが溢れ出さんばかりに、一心不乱に取り組む人。

そんな人が素敵だと思う。


夢を持てと言われて育ってきた僕らは、夢が何なのか知らなかった。

宇宙飛行士になること。

プロ野球選手になること。

お金持ちになること。

それが夢だと思っていた。

そして、理解するにつれて、それが不可能だと思うようになった。

夢なんて、手の届かないものだと思うようになった。


でも、いいんじゃないだろうか?

ちっぽけな理想を夢と呼んだって。

友達が笑っていられますように。

職場の仲間が充実した日々を過ごしていますように。

家族が幸せでありますように。

それが夢でもいいんじゃないだろうか?

そこに想いがあるのであれば。

それに向かって頑張っているのであれば。


僕は、周りにいる人全てが笑顔であって欲しい。

そのためには、互いに理解し合うことが必要だと考えている。

互いに繋がることが必要だと考えている。

だから、農業という切り口でそれを発信することに取り組んでいる。

それが僕の夢なんだろう。


僕が魅力を感じる人。

それは、夢を持っている人。

きっと、そんな人が増えれば。

自分の夢を語れる人が増えれば増えるだけ。

僕の周りが。

そして、日本全体が良い国になっていくのだと思います。